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 光の向こうに 〜ブラインドサッカー 07/03/08 (木) <前へ次へindexへ>

 人生のマジな瞬間
 

 文/杵川希(キネカワ イツカ)
横浜に住んでいた小学校時代、地域のサッカークラブで6年間サイドバックとしてプレー。
中学時から視力低下がはじまり、本格的にサッカーができなくなり断念。
18歳の時に「網膜色素変性症」という遺伝性のある先天性疾患により、視力のほとんどを失った。
2003年にブラインドサッカーと出会う。
2003年11月、韓国で開催されたアジア大会に日の丸をつけて出場し、優勝を経験。
2004年、ベトナムとの親善試合でホーチミンへ。そこでMVPを受賞。
2005年、アジア大会に出場する日本代表から落選。選考試合では誰よりも結果を残し、アピールした。しかし、監督の構想からはずれた。
ショックから立ち直れず、しばらくサッカーから遠ざかる。
所属する大阪ダイバンズのメンバーの説得と支えもあり、再開。
2006年、サッカーのために仕事をやめ、サッカーづけの毎日を送る。中学時代に断念した、「ワールドカップに出る」という夢を再び追って。
2006年、日本代表に復帰。
2006年11月、アルゼンチンで開催されたJBFA主催第四回ワールドカップに出場。韓国戦で1ゴールを決め、日本のワールドカップ初勝利に貢献。
帰国後、さらなる闘志に火がついた。



 視力障害にはじまり、代表落選、そして復帰。紆余曲折を経て、28歳となった今でも進化を続けるブラインドサッカー選手、落合啓士選手は強靭な精神を持っている。

「日本一になる。その目標でこれまでやってきた。一度挫折して、復帰してからはさらにその思いは強くなった」

 決して簡単ではない、壮大な夢。その距離に愕然としないのか? 日々練習に励む自分を奮い立たせる、励みや指針はどこから来るのか。
「たしかに、すぐ叶えられる目標じゃない。でも、萎えたことはないよ。というか、挫折して、逆にこれしかないって思うようになったからね」

 ワールドカップを経験し、帰国してから一ヶ月弱が経過。今、何を思う?
「また大きな目標ができたね。日本は弱いってことがわかったし(8か国中7位)、それ以上に自分の下手さを知った。だから今、毎日の励みにしていることは、ブラジルに勝ちたいってことだけ」

 ボールが足に吸い付いたように動き、角のない丸みのある軟体動物のようなドリブルを披露したブラジル代表(準優勝)。日本は0−7の大敗を喫した。
「体感したあのドリブル、あれができなきゃ追いつけないし追い越せない」

 年が明けたダイバンズの新年初練習、落合選手はドリブルに滑らかさを求めるようになった。そして早くも、原型を模倣することに成功した。なぜ、それほどまで吸収力があるのか。やれと言われて、はいとできる代物ではない。
「吸収が早いのかどうかはわからないけど、やっぱり体感したのが大きい。僕の教材って、いつも現地調達だから(笑)」

 また、世界を経験し感じたことは、選手としての土台の違いだった。
「ブラジルや(優勝した)アルゼンチンの選手は、劣悪な環境の中でサッカーをはじめたから、自由さというか、奔放さというか、とにかく日本とは全く違う素養を持っている。どうすれば魅せるプレーができるのか、どうすれば効率よくプレーできるのか、そういう部分の発想がほんとに広くて深い」

 壁にまっすぐボールを蹴れば、まっすぐ足元へ返ってくる。そんな道理に、多くの幅がある。
「こういう時はこうなる、という取り決めみたいな、狭い感覚がまったくなかったように思う。僕らはまだまだ、取り決めに縛られている。だからブラジルを止める術がなかった・・・」



 環境の問題もあった。開催国アルゼンチンの12月は日本とは逆の真夏。日中30度を越える炎天下の中、試合が続いた。
「それ以上に驚いたのがピッチ。日本では砂のグラウンドが普通だけど、アルゼンチンをはじめブラジル、パラグアイの南米は、いつもコンクリートの地面でサッカーをしているみたい。だから大会の会場になったローラースケート場はやりにくかった。ボールの転がり方や、(ボールの中の)鈴の鳴り方も微妙に違ったし」

 さらに極めつけは地理。会場となったローラースケート場は、空港の近くにあったため、5,6分に一本の間隔で上空を飛行機が爆音を伴って通過していった。
「うるさかったよ(笑)。でも、そのときは"飛行機タイムアウト"みたいなのがあって、試合は中断したけどね」

 そして最も厄介だったのが銃声。
「近くに警察の射撃訓練場があったらしく、試合中パンパンってライフルの発砲音がして、それが唐突に鳴るから、やりにくかった」

 日本では考えられない環境だった。
「でもな、やりにくいって文句言ってたら、僕らは裕福な日本から出て行けない。アルゼンチンの環境が世界基準って思えば、なんとか順応してしがみついてやろうって思うよ」

 季節はずれの日焼けも程よく落ち着いた。
「今まで以上に、ほんとにむちゃくちゃサッカーに対して熱くなってる(笑)。でも昔の熱さとは違うよ!(注:落合選手は過去に、ラフプレーや暴言で選手や協会、審判と対立した"経歴"がある)」



 今以上に本気で、今以上に有意義に、今以上に強い心で。

 近未来の目標は?
 「2007年10月に韓国で開催される北京パラリンピックのアジア最終予選に日の丸をつけて出場予定。それと、2008年北京大会での金メダル!」

 最終目標は?
 「世界一のプレイヤーになること」
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