| |top|news|column|history|special|f-cafe|about 2002w|BBS|mail to|link| |
| 光の向こうに 〜ブラインドサッカー 07/04/18 (水) | <前へ|次へ|indexへ> |
![]() |
西日本フレンドリーカップ開幕節 文/杵川希(キネカワ イツカ) |
4月15日、大阪府立盲学校。心配された雨は翌日に持ち越され、ブラインドサッカー西日本フレンドリーカップの火蓋は無事に切って落とされた。
原点回帰――
関係者の新たな決意を思わせるような1日だった。2001年、ブラインドサッカーが関西で初めて講習会という形で披露された大阪府立盲学校で、2007年の公式戦が開幕を迎えた。午前に公式戦2試合(大阪VS京都、兵庫VS福岡)を行い、体験会を挟んだ午後に交流試合(福岡VS京都、兵庫VS大阪)という、これまでになかった新しいスケジューリングにより、観衆にはよりダイレクトに熱が伝わったように思う。
6年前、この場所でブラインドサッカーの始まりの合図を聞いた主将山口選手率いる大阪と、主将大久保選手率いる京都プリティウェルの初戦。昨年、他を圧倒して王者となった大阪は、これでもかとばかりに攻めた。京都を自陣に押し込み、反撃さえ許さない。落合選手をはじめ、大阪は20本以上のシュートの雨を降らせた。見る者がゴールを予感したシーンは数知れない。
しかし、スコアは0−0。京都のGK阪田選手が10回以上の決定機をことごとく阻み、3,4本のシュートはゴール枠に嫌われた。攻め続けてノーゴール。個人と組織の天秤がうまくゆり動かない、過渡期にある王者大阪は疲労と懸念を一層濃くして試合を終えた。
一方、京都は阪田選手のビッグセーブと、枠直撃による幸運を反撃の手がかりに変えることができず、これまでの対戦で一度も勝利したことのない大阪を食うことは、今回もできなかった。
同じく6年前の記念すべき瞬間に立ち会っていたGK田中選手を中心として、今年結成された兵庫サムライスターズは、記念すべき最初の公式戦で日本代表三原選手率いるラッキーストライカーズ福岡との対戦となった。4月1日に初めて選手同士が顔を合わせて以降、全体練習を一度も設けられなかった兵庫は、福岡と一進一退の攻防の末、こちらもスコアレスドローに終わった。
抜きん出た存在こそいないが、各々がそれぞれの場所でブラインドサッカーを経験してきている。しかし練習時間の短さもあり、現段階ではチームに多くのことを望めない状況にある兵庫。それでも守備者が多く、しぶとさは西日本でも屈指のチームといえる。
「今島選手に期待」。GK田中選手の一押し選手でもある今島選手は、まともにサッカーをしたことは今回で2度目という初心者。しかし彼の持つ独特、かつ強烈なシュートが、チームとして活用できるまでになれば、磐石な守備からの速攻というスタイルを定着させることができる。元々の個人レベルは低くはなく、西日本に生まれた新たなチームが、結成元年に大きなことをやってのける可能性は少なくない。
一方、諸事情により大阪へ上陸できなかった森選手を欠いた福岡は、パンチ力を欠いた。多くの関係者が期待の眼差しで見守る森選手のスピード、シュート、ボールスキルの炸裂は、6月のホームでの2節以降に持ち越された。
公式戦の2試合が共にスコアレスに終わったことで、観客兼ウォールマン(サイドライン2面に等間隔に立ち、転がってきたボールを壁となって蹴り返す人)は、いささか興ざめしたかもしれない。しかし、午前の煮え切らないスコアレスの試合のあと、自らがアイマスクをしてボールを蹴り、選手との交流を経て、ブラインドサッカーの「できる、できない」の判別基準を自身が経験したことで、午後の交流戦はより楽しめたはず。
公式戦ではない、というだけでのびのびとしたプレーと、その心地よさから生まれたドラマチックなロスタイムのゴールなど、公式戦とは打って変わってゴールが試合を彩った(京都2−2福岡、大阪1−0兵庫)。
魅せることの難しさ、魅せられることへの準備。その二つが確かな実感として残った開幕となった。2007年の西日本が動き出し、それぞれの成長曲線がしのぎを削る。チームの出来と結果。自己の自信と勇気。そして誇り。その先に、北京パラリンピックが待っている。
| <前へ|次へ|indexへ> |
| |top|news|column|history|special|f-cafe|about 2002w|BBS|mail to|link| |