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 光の向こうに 〜ブラインドサッカー 07/11/03 (土) <前へ次へindexへ>

 願い その2
 

 取材・文/杵川希(キネカワ イツカ)
 10月25日。朝から曇り空だった。
 午後4時。勝ったチームが北京パラリンピック出場となる大一番・日韓戦。序盤から日本は相性のよさもあり攻勢に出る。中盤で多くのパスをまわし、前線へドリブルで上がる。逆サイドへの展開や、GKからのスローもチャンスへ直結する。前後半、試合は日本のものだった。しかし、この試合でもゴールは遠かった。ハーフタイムに観客席から日本の闘志を駆り立てるトランペットの演奏が響き、大歓声が後押ししても、日本は変わらなかった。変えられなかった。

 違っていたのは、日本にファウルが増えたこと。それにより、第2PKを献上し、それを決められたこと。そして、それが決勝点になったこと。日本にも第2PKのチャンスは3度あった。だが佐々木、落合の両選手が蹴ったシュートは、ネットを揺らすことができなかった。。

 最終節、0−1。選手たちは、体育館の床に倒れこんだ。外は、雨に変わっていた。

「ごめん、俺が悪かった」
 風祭監督の言葉に、選手たちの涙腺はさらに緩んだ。掴めなかった切符。そして、頭と心の片隅で、疼くものがあることに選手は気づいていたのかもしれなかった。監督の、代表監督としての、最後の言葉かもしれない、と。



「北京に行く!ではなかったのかもしれない」
 落合選手のいつになく湿った声が届く。
「北京に行きたい、だったのかも・・・」
 個人として、期した想いはたしかにあった。しかし、チームとして、頑なな一枚岩の決意ではなかったのかもしれない。
「決意のパズルは、隙間だらけだった・・・」

 個人能力は世界にひけをとらない。むしろ高いレベルにあるといっても良い。組織としても悪くない。しかし、アジアで一点も取れなかった。
「メンタルが弱い。ゴールが奪えずに焦ったのも、ゴールを許して負けたのも、全部、精神面が技術面と比例していなかったからだと思う」

 ブラインドサッカーは常に神経戦である。痩せ我慢や平静を装うのが難しく、焦りが足に伝われば全てが悪い方向へ向かう。足がボールに当たることさえままならなくなる。そして、過程が結果より先に立つことがない。見えないからやってみないと結果がわからないということは、結果によって直前の過程がわかるというだけで、つまり最初に見えた答えが命綱になる。1人、1人が焦り、ずれていって立ち行かなくなったとき、それを修正するのは、それぞれのメンタルだけとなる。

 そして、メンタルを鍛えるには、厳しい経験は不可欠だ。しかし、楽しい経験を得られなかった今大会、もはやこの悔しさは、人間一人が背負うには重すぎる。北京へ行けないという事実は重すぎる。

 日本という国は、遅れをとっている。
 この事実は、一人では重すぎる。
 チームでも重すぎる。
 もっと大きな力が欲しい。

 今はただ、真っ暗闇だ。鳴り響くボールの音を聞けば、上を向いてしまう。こぼれないように、上を向くことしかできない。

【大会全試合結果】 【最終順位】
1節  日本0−0中国 優勝:  中国(パラリンピック出場)
 韓国2−0イラン 準優勝:  韓国(中国がパラリンピック開催国のため、繰上げで出場権獲得)
2節  日本0−0イラン 3位:  イラン
 中国4−1韓国 4位:  日本
3節  日本0−1韓国
 中国0−0イラン
3位決定戦  日本0−1イラン
決勝  中国3−0韓国
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