| |top|news|column|history|special|f-cafe|about 2002w|BBS|mail to|link| |
| サッカーのある風景 07/05/09 (水) | <前へ|次へ|indexへ> |
![]() |
卒業と卒団 文/竹井義彦 |
長男のチームのコーチをやるようになって最初に疑問に思ったことは、どうしてボールを扱うテクニックにこんなに差があるんだろうということだった。チームの中心選手は、当たり前の話だがボールコントロールが上手い。それに比べて息子はドリブルがそんなに上手くはなかった。それは途中で入団したからなのか、それとも才能の差なのか?
そんな単純な疑問を抱いていろいろな子どもたちを見ていて、納得することができた。確かに、才能というやつは大きくモノをいう。けれど基本的な技術というのはどれだけ習得したかという、実に単純な事実がベースになっている。
たとえば、ピアノといった楽器を上手く弾くためには、ソルフェージュなんかを繰り返し練習して、ブラインドタッチできるようになる必要があるらしい。鍵盤を見なくても弾けるようになってはじめて、ようやく「演奏」という言葉が使えるレベルになるそうだ。この基礎的な技術を習得しているかどうかが、ボールテクニックの差になって現れることになる。
どんなことにでも基礎的な技術が必要なんだが、それを身につける一番の近道はひたすら繰り返して練習することだ。ということで、私が子どもたちのコーチになってまずはじめたのは、ボールタッチを意識して練習させることだった。ちょうど小学校2年生の子どもたちだったので、ボールタッチをきちんと練習するには最適な学年だったかもしれない。左右の足で、しかもそれぞれの内側と外側を使ってドリブルをさせる練習を練習日には必ず組み込んだ。
もちろんそれだけでボールをきちんとコントロールできるわけではない。もっと効果的な方法としてボールタッチをパターン化して繰り返す練習がある。たまたま、ひとつ上の学年のコーチが考案した、8つのボールタッチという練習があった。インサイドとアウトサイドを使うだけでなく、引き玉や飛び越し、シザースといったボールをタッチする方法が8つにパターン化されている。
これを練習する前の準備運動として練習させるようになったのは2年生の終わり頃のことだ。きちんとしたドリブルができるようになったから、次の段階へという意味もあったし、練習を習慣化させるためということもあった。この練習でパターン化された練習を繰り返すことができるようになると、今度は、別のパターンをやせることにした。
まずはフェイントである。これも8つのパターンにして練習させる。この他に、ターンも8つのパターンにして練習させた。ボールタッチの練習で8つのパターンを繰り返すことに慣れている子どもたちはなんの疑問も持たずに練習してくれた。
おもしろいものでフェイントやターンの練習をはじめるようになると、それまでどちらかというと抜かれてばかりいた子が、積極的にフェイントやターンを使うようになる。練習はもちろんだけど、試合で試してうまくいくと、得意な技になるということもあった。身体で覚えたことは自然にできるようになっているものなのだ。
サッカーが大好きで、テレビで試合を見たり、実際に見に行ったりするような子は、自分で選手がやっていたフェイントやターンを真似したりする子もいる。が、そこまで目的意識を高く持ってサッカーに取り組んでいる子は、実は限られている。ほとんどの子は、確かにサッカーは好きだけど、他にもTVゲームが好きだったり、カードゲームが好きだったりと、やりたいことがいっぱいあるのが普通だ。
そんな子たちのことを考えるとパターンとして形から教えて、それを実践させるという方法がテクニックを習得させる近道なんだろう。
長男が5年生のときからはじめた少年サッカーのコーチも今年で8年になる。私が教えてきたこどもたちが小学校を卒業して中学生になる今年をひとつの区切りにしたい、とぼんやり考えはじめたのはいつの頃だったろう。ひとつには仕事が忙しいということもあった。やってみて初めてわかったことなんだが、人にものを教えるというのは、しかもそれがこどもであればなおさらなんだが、片手間でできるようなことではない。
特に私の場合は不器用なので、あっちもこっちもと両立させることができない。どちらかというと一点集中型なのだ。一番集中していた時期は四六時中といってもいいぐらいの時間を割いて、サッカーのことを考えていた。どうやったらサッカーを好きになってくれるんだろうといったことから、試合のためのメンバーを考えたり、練習方法をそれも飽きずにでき、効果的な方法にはどんなことがあるのか、といったことまで、ちょっとした時間でも考えていた。そんな時間の使い方ができなくなるだけでなく、実際に練習に参加する時間を捻り出すのに苦労しなければいけなくなってしまったことがきっかけには違いない。
今年の春、コーチをしていたこどもたちと一緒に私も卒団することにした。幸いなことに、何人かのこどもたちはすぐ近くの中学に進学した。だから時々は観にいってやろうと思う。五月蠅い親父が来たぞと煙たがられるかもしれないけど、五年間教えたこどもたちだからやはりどうしても気になる。それは、彼らの未来にサッカーを通して少しでも触れた私だからできることだし、やるべきことなんだとも思う。
さて、これからどうやってサッカーと関わっていこう。独りのサッカーファンとしてどう付き合うのか、考えなければいけないかもしれない。それはそれできっと楽しいことに違いない。
| <前へ|次へ|indexへ> |
| |top|news|column|history|special|f-cafe|about 2002w|BBS|mail to|link| |