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| 札幌からのメール 06/02/15 (水) | <前へ|次へ|indexへ> |
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おなじ大地に立つ 文/笹田啓子 |
トリノで冬季五輪がはじまって、ここ札幌では雪まつりが終わる。毎年の通りがっちり積もった雪、冬晴れの日曜日、つめたく青い空に真直ぐに向かって伸びるエゾマツの木の枝がすこし強い風に揺れている。
五輪の開幕した11日、札幌では「サポーターズ集会2006」が開催されていた。サポーター同志、またクラブとの対話で疑問点や問題点を話し合い、よりよいクラブ作りのため相互の理解を深めていくための会として、1997年から毎年この時期に開催されている。事前に予め募集されていた、サポーターからの質問事項にクラブ幹部が回答し、またサポーター同志の間に起きる様々な問題等について討議される。その集会に今回初めて参加してみた。時間にして(途中休憩を挟みながら)4時間半という長時間にわたって行われるその会は、しかし成程、時間の長さを感じさせない充実した内容のものだった。会を長年開催されている方たちの努力が滲む。
クラブに対して寄せられる質問というのは、非常に細かい部分に言及されているものが多かった。それに対してHFC門脇常務が中心となって、児玉社長含めた幹部の方々がひとつひとつ丁寧に真摯に回答されていく。といっても質問の中には、明らかに答える必要の無いような他愛の無いものも含まれていたけれど、そういうものは華麗にスルーされる。場内爆笑。
今回は、チーム初年度に在籍した元日本代表である平川弘氏の講演会をあいだに挟んだ。平川氏は現在札幌を拠点にサッカー解説や新聞でのコラム等で活躍中だ。チーム創設時から10年この土地に関わり、札幌のサポーターについて造詣の浅くない氏の、札幌のサポーターに対する要望は、「(応援の歌の)なにを歌うかどう歌うか、ということにこだわりがあるのだと思いますが、僕としては、良いプレーに対して拍手をしてほしい。ダメなプレーに対してはブーイングするなどしてほしい。悪いことは悪いことと言ってほしい。そして、何がいいプレーで悪いプレーなのか判断できるように、もっとサッカーという競技を知ってほしい。」という、このチームのサポーターの気質と現状をよく知る氏なりの、サポーターに対する厳しくも温かいエールだった。
会の終盤はサポーター同志の意見交換。
場所取りのための列並びの問題、横断幕の問題、それから応援に関する問題。最も熱くサポートするべきと考えられているゴール裏にいながら、何故「地蔵化」するのか。サルトしなければサポーターではないのか。すれ違う意見。それは、特に札幌だけの問題ではなく、似たようなことは全国どこのチームにも、形や質が違いつつでもそれぞれ存在する類の問題と思うが、それに対して「一般論」ではなく、「札幌なりの」解答を皆で考えて見つけだし収束していく。それは決して派手な作業ではない。けれど様々な問題を、そこに集まる人達--所謂、札幌のサポーターと呼ばれる人達--の、大多数が納得する方法でまとめていくひとつひとつのことは、この札幌というチームを間違いなく形作るものだ。
そんなふうに札幌らしくあることを考えると同時に、「違う、けれども同じ」ということを最近漠然と考えることが多いよな、と感じていた。
前回のコラムで取り上げた元札幌の三原君が、先日FC琉球に移籍することが決まった。決まった途端に友人がそれを教えてくれた。だから私は、サッカーに詳しくない友人にお礼としてこれからの情報を提供してやろうと思って、FC琉球系のサイトやブログを色々巡回してみた。北海道にはJFLのチームがない。だから私自身JFLについては非常に明るくない。それでもいくつかを巡るうちに、地域リーグからJFLに昇格した喜び、新しい年に向ける意欲や意気込み、更にその上の「J2」を目指そうという彼等の気持ちは、チームが出来た10年前の、札幌にまだなにもなかった時代を懐かしく思い出させ、また、自分たちにとっては「落ちるところ」という印象しか持てなかったJ2に対して、「上がりたい」と思うJFLのチームの気持ちがあるということが、とても新鮮だった。
日本で最も北と最も南のチーム。雪と氷に閉ざされた土地と、雪の降らぬ土地。J2とJFL。まったく違う環境で、しかし「自分達のまちのチームを愛する」そしてなにより「サッカーを愛する」という同じ地平に立っていること。違いながら、おなじである、ということ。
「僕達は『仲間』ですよね?集まってくる人達はみんな仲間だと、少なくとも、俺達はそう思っています」
それは会の最後のほうで発せられた、札幌の応援のリード役を担っているUSの中のひとりの、問いかけに似た発言だった。彼等のやり方に対して異を唱える人に対しての解答が、それだった。発言の主の意見を決して否定するでなく、かといって馴れ合いを求めるわけででもない。ただシンプルな、「(考え方は)違うけど、でも、俺達は同じなんだ」という収束。そこからひとつのイメージが頭に浮かんだ。
チームへ寄せられる想いは、1本の木を成すように。
それぞれの主義主張の違い、立場の違いで、葉の人、幹の人、根の人、実の人…それぞれの場所に大別され位置を取る。それぞれがそれぞれの場所で、それぞれの役割を果たすこと。それらのバランスがとれたときはじめて、札幌という名の木がサッカーの地平に美しく立てることが出来るのだと、思う。それを、葉が高い場所にあることで根を見下すのはあまりに愚かなことだし、葉に見下ろされていると根が卑屈になる必要はまったくない。それぞれは違う。でも、それぞれは同じ。そしてそれぞれが大事。私達が本当に戦わなければならない相手は、おなじ木の中のものではない。この木を必要のないものとして、見ようとしない人達なはずだ。それを見失って、大事なもの同志を攻撃しあう必要はどこにもない。
サッカー、という大地。この地平に立つ木は全国にいくつもある。それぞれがそれぞれの土地や気質に見合った形の木をつくる。大きな木、小さな木。頑丈な木、まだ弱い木。紅葉になる木。ならない木。木の実のなる木。花の咲く木。それぞれがそれぞれに違って、でもそれもまた、同じ大地に立つ仲間。
派手ではない。一年中色が変わらない。食べられる実もならない。だけど雪にも寒さにも負けることなく、その枝を常に空に向かわせている、高い空を目指すように伸びていく針葉樹。北海道の木・エゾマツは、札幌のサポーターにやはりどこか、似ている。エゾマツの木はいま、雪に覆われながらまもなく来る春を待つ。
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