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| 札幌からのメール 06/05/26 (金) | <前へ|次へ|indexへ> |
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サッカーの鼓動 文/笹田啓子 |
平日のナイター、仕事を終えて一路スタジアムへ急ぐ。厚別での試合のときは自宅から徒歩か自転車で行けるから、公共の交通機関で札幌ドームへ行くとき目にする光景は、いつも結構新鮮だ。
福住の駅へ向かう地下鉄を待っているときふと顔を上げると、ゲーフラを束にして持って佇んでいる少年。ジャケットの裾から赤と黒の縦縞のレプリカが覗く。この子はどの辺りで応援しているのかな。地下鉄に乗り込むと、次の駅、その次の駅と次第に増えていく乗客の中には、一目でサポーターとわかる格好の人もいれば、一見してそれとは判らない、でもよく鞄を見るとチームマスコットのキーホルダーやバッジが何気なくついている人もいる。
スーツ姿のサラリーマン風の男の人達、よく見れば紙袋に小さなメガホンを入れている。はじめて試合を見るらしい人を連れている。「鳥栖ってトリスって読むんじゃないんですね」。チーム名の由来とか、そういういかにも観戦ズレしてない人をいちから教育するような会話。
J1の人気クラブなら、試合の日スタジアムに向かうサポーターの数そのものが人波になるけれど、札幌はそこまではいかない。会場に向かうサポーターの姿は、学校や会社帰りの人波に紛れてしまう。けれどもそれは、この街にサッカーのクラブがあるという、大きくはないけれど小さくもない、鼓動のようなもので。決して華やかではない、けれど気負わずに街にクラブが溶け込んでいる。そんな風景に触れるのがどうにも好き。そして先日、生まれて間もない「街のサッカーの鼓動」を沖縄で聞いてきた。
ことしからJFLに昇格参戦しているFC琉球。
以前ここでも取り上げた、元札幌の三原君がそこに移籍したこともあって、俄然興味が湧いていた。関わっていた選手がいるということもそうだし、なによりも、札幌の自分達とは全く違う環境の、南の島で見るサッカーというのは一体どういう雰囲気のものだろう、そういう興味。そこに運良く、札幌の試合が休みになる土曜日と、先方のホームゲームの日曜日が重なった。これは神のご啓示に違いない(といって宗教を持ってはいないのだが)。JFLの日程が決まるとほぼ同時に私は17年ぶりの沖縄行きを決定した。
5月20日、千歳から沖縄へひとっとび。
現地では試合前日というのに、ネットを通じて知り合いになった琉球サポーターの方たちが集まって那覇のサッカーバーで交流会を開いてくれた。店のオーナーはバルサのファンで、店内には過日のCLファイナルを制した記念に、アルミホイルで作られた大きなカップが飾られていた。店には途中、FC琉球のオーナーである野口必勝氏も訪れた。CLファイナルを現地で見て帰ってきたばかりの方たちもいた。そんな中、サッカー談義に花を咲かす。
ずっと以前からサッカーファンだった人、FC琉球が出来てから応援しはじめた人。宮古島出身であるウチの上里君のことを気にかけてくれている人も、少なくなかった。自分達のチームの選手に対する想いのほか、地元出身の選手に対する想いがあることに触れる。同じ店にいた、マリノスサポーターだという他のお客さんから、マリノスユース出身で今札幌にいる金子君のことを気にかける言葉も聞いた。沖縄で自分達のチームの選手のことを聞かれる不思議。いろんな人がいろんな立場で、いろんなふうに選手達を見つめている。その想いが選手にきちんと届けば彼等にとってどんなに力強いだろうなあ、なんて思った。いただいた泡盛がとても美味しい夜。
そして翌21日。JFL第11節はFC琉球-佐川印刷SC。対戦前時点でJFL全18チーム中FC琉球が15位、佐川印刷SCが17位という、ひらたくいえば下位同士の対戦カード。
FC琉球は開幕から5連敗と、JFLの洗礼を喰らった格好になっていたけれど、待望の初勝利を挙げてからは、ここ5試合で1勝3分1敗と、数字だけしか見ていない立場からでも「徐々に調子を上げてきてはいる」と書いて特に問題はないだろう流れ。そこで自分達よりも下の順位であるチームとの対戦。つかみかけた調子の流れを完全に自らのものにするためには、絶対に負けられない戦い。梅雨に入ったはずの沖縄であったけれど、その日は薄い雲が一枚広がった程度の晴れ。南の島らしい強い日差しに、心地よい海風。
ホームスタジアムとなる北谷公園陸上競技場は、札幌の私から見たら、それはもう南国でリゾートなロケーション以外のなにものでもなかった。
琉球サポーターの方から、「スタジアムの隣はビーチですよ」と聞いてはいたものの、メインスタンドから徒歩3分もしないで波打ち際 というほど隣だとは想像しておらず。スタジアムを含む一帯が大型商業娯楽エリアになっていて、観光エリアでもあるため基本的に人の出入りが多い。その中でスタジアムに向かう人達の数も、これまた少なくなく。
行ってみるとメインスタンドはほぼ満杯で、芝生席は周囲にぐるりと植えられた亜熱帯らしい木の木陰で涼んで観戦する人達多数。その日の動員は3,714人。今季最高の動員数で、これまでの動員もJFLの中ではナンバーワンだという。そういえば競技場まで乗せてくれた観光タクシーの運転手さんが「他に娯楽はないし、皆スポーツを見るのは好きだから結構(試合に)行くみたいですね」なんて言っていた。メインスタンドから芝生席に移動するときに偶然三原君に会う。写真を撮らせてもらったら、彼の背中ごしに海が写っていた。
試合は、序盤佐川印刷が押し込む場面が続くもフィニッシュまではなかなか持ち込めず、対する琉球も攻撃の形を作りきれず、ほとんどチャンスらしいチャンスのないまま前半終了か…と思いきや、琉球・藤吉選手のFKで先制点。
普段見ているJ2というカテゴリより下のJFL、技術的に差を感じないといえば嘘になるけど、それでも局面での煌きはある。琉球のサッカーは、与那城ジョージ監督がいかにも丁寧に作り上げている印象。繋がれたパスがゴール前まで迫る。カテゴリこそ下であれ、目指しているものは決して「格下」などではない。ツボに嵌れば彼等はきっと美しいゴールを生み出すだろう。舐めてかかればカテゴリ上のチームだって足元など容易くすくわれる。なるほど、だから札幌は去年天皇杯でJFLの東京佐川に負けたのだなと嫌な事を思い出す。そんな琉球は、後半にも追加点を挙げ、シュート数にして僅か5本ながら効率よく点を取り2勝目を挙げることになった。
応援は、バックスタンド中央に陣取ったサポーター達が主体。メインスタンドでも応援をしている人達を散見。声を出して応援しているのは、バックで応援している人達の数2〜30人といったところだろうか。試合中は彼等の応援の声ぐらいしか、応援らしい声援はない。
スタジアムに詰め掛けたほかのお客さんたちは、静かに試合を見守っている。けれどひとたび点が入ると、大きな拍手が波のようにスタジアムを包む。試合終了のホイッスルが鳴ったあとに響いた柔らかで温かな拍手の重なった音。その、心地よさ。
その風景を見ていたら、なんだかとても懐かしい気持ちになった。今でこそJ1で戦っている大分や大宮、甲府といった旧J2勢、動員を誇る仙台や新潟、そして自分達の昔の姿。所謂Jリーグブームの後を受けて出てきた後発組のチームの初期のスタジアムの風景と、それはとてもよく似ていた。
組織だった応援ができるほどの動員の規模がなく、アウェイに行けば本当に数えるほどの人間しかおらず、応援するにしてもどこかのんびりとして、スタジアムの中の極一部しか盛り上がっていない。けれどもホームチームに点が入ったり試合に勝ったりすれば、アウェイ側を除いたスタジアムの全体から拍手の雨が降る。自分達の街のチーム、をきちんと意識した、チームを見守る眼差しに溢れている。そういう、風景。それがこの北谷の競技場にも間違いなくあって。
試合が終わって選手達がバックスタンドのサポーター達に挨拶にやってくる。
広告の看板を越えて挨拶をしにくるのは普通だけれど、琉球の選手達はそれどころか、詰め掛けたサポーターやファン達とひとりひとり握手しながらスタンドを半周。
ヒーローインタビューを終えた藤吉選手がまた挨拶にやってきてひとわたり握手を交わしたあと、メインに戻るときもサポーター達を振り返って笑顔で跳びあがって喜びを表現した。翌日の地元新聞を見たら、「36歳藤吉 プロ15年目で初の直接FKでの得点」とあった。ヴェルディ時代には「お調子者」ぐらいの印象しかなかった彼の、しかし当時と変わらぬ明るさに、彼の真のプロ魂を見た気がした。
ホテルまで帰るタクシーの中、サッカーを見てきたのだと言ったら「勝ちましたか?」と尋ねられた。なにげない言葉だけど、チームがそこにあることを当たり前に理解していることを感じさせる。スタジアムに足を運ぶ運ばないはともかく、応援するしないに関わらず、チームがあることそのものはキチンと認識されている。街を行くバスにチームの選手の顔写真の入った広告。沖縄で感じたサッカーの鼓動。
尤もそこにあるものは、決して美しいだけのものではない。現実にその日試合のあと、試合のあったスタジアムをそのままチーム練習に使っていた。試合に出られなかった選手達が軽いメニューをこなす。「そのへんの公園で練習をすることもあります」。プロというには未だとても厳しい条件。選手達はたぶん夫々に、私達の目には見えないいろいろな現実と戦いながら、人懐こい笑顔で迎えてくれた三原君にしても怪我と戦っている毎日で、けれども彼等はその現実を越えてプロとしてピッチの上に立つ。そこにあるものが見る人に与えるものは、今、わたし達が毎日を生きていくための勇気。億単位のプレーヤーが見せるような煌びやかな夢の世界 ではないけれど、でも、とても大事なもの。
「11月はホームで3試合続けて試合があるんです。週に1回、サッカーが見られるなんて。」
スタジアムを後にする少し前、昔からサッカーファンだったというサポーターの方のそんな言葉を聞く。私自身もそう、クラブが出来る前はプロのサッカーを見たければ東京に行くしかなかった。でも今は自転車に乗って行ける。毎朝通勤でチームの選手が起用されたポスターを見ることも出来る。チームの月刊誌を読んでいる人を電車の中で見かけることもある。
暮らしの中にサッカーが馴染んでいって、そして暮らしの中に響くサッカーの鼓動。それが感じられる瞬間が、実のところ街にクラブが出来たことで得られる一番幸せなひとときのような気がする。そしてその鼓動は、いま日本のあちこちで生まれ育ってきて、札幌から沖縄まで、一直線に続いている。
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