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| 札幌からのメール 06/07/18 (火) | <前へ|次へ|indexへ> |
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歓びと苦しみの真ん中に立ち 文/笹田啓子 |
試合終了から30分も経てば、それまでの喧騒が嘘のようにスタジアムから人気がなくなる。残っているのは、競技場の外で一息ついている幾つかのサポーターのグループと、それを照らす競技場内の公園の街路灯。スタジアム内に入る階段の傍で、それまでの90分渾身に戦っていた応援仲間がひとり、座り込んで項垂れて煙草を吸ってる。場内整理のために残された照明が階段の奥から僅かに漏れて、横顔のシルエットを少しだけ浮かび上がらせる。煙草の火がちいさく揺れている。いい「絵」だと、思った。
そんな絵の中心の、彼の心中にあるものは、疲労か、充足か。
「もーヤダっ」
そう来たか。でも言葉と裏腹に顔は満足そう。
その隣で、別の仲間がひとり、緩やかに旗を振っている。今しがたの試合で得た興奮、からだの中に溜まったままの熱を冷ますみたいに、ゆったりと旗を振る。仄暗い中に旗の白い布地が波を打つ。
「長かったよー試合」
「終わんねえって思った」
「でもこれからこういう試合がずーっと続いていくよ、多分」
「オモシロイけどさ〜。でもこういうのは」
「嫌いじゃないです」
と、グループ内で若手の青年がニヤリと答える。柏に2−1で勝った厚別の夜。
柏との4月の初戦はホームで逆転負けだった。
柏と対戦する直前、久しぶりの3連勝を達成した。その直後のアウェイ徳島戦では引き分けたものの、流れは自分達にとって良かった。実際その柏との初戦も、前半までは札幌は素晴らしい出来だった。これは行ける、と思った、その次の瞬間、私達は一斉に「何か」を手放してしまったように、試合に敗れ、そしてそのあと10試合に亘って勝利に見放されることになった。その中にはホーム厚別で神戸に6失点という、昇格を狙うチームなら凡そ考えられない惨敗を喫している。逆に柏はその試合から調子を取り戻し、現在(7月17日)まで首位を保持している。
5月に乗り込んだアウェイ日立台でもまた、敗れた。6月に入っても引き分け連続。その頃、W杯中断期間に入っていたJ1のチームは監督の交代劇が相次いだ。J2でも、自分達より当時上の順位だった湘南の監督が交代になった。そして当然札幌にも、そういう不穏な空気は漂った。ホームで山形に引き分けて9戦勝ちなしが続いたとき、翌日の新聞には「監督辞任も」という論調の記事がいくつか踊った。ここまで2年と少し、柳下さんの元でこだわって作ってきたものを、諦めなければならないのか?サポーターの間にも当然のように動揺が広がった。けれどもそこで「監督交代を」という声は大きなムーブメントにはならなかった。
その週の新聞は毎日のように論調が変わっていった。「自分からは辞めない」と監督、「監督解任よりもまず補強等やるべきことがある」と強化部、「監督への信頼は変わらない」と社長。今やっているサッカーを諦めない。そのことを確認して臨んだ6月10日のホーム徳島戦で、チームは約2ヶ月ぶりの勝利を得て、そしてそこから漸く札幌は反撃体制に入った(余談だが、チームがこんな調子なので、W杯を心から楽しむなんてことは出来ないで終わった!)。
昇格争いの目下の敵となる、仙台・横浜FC・東京Vを連続撃破して、アウェイで湘南にこそ敗れたものの、上り調子で迎えた、7月12日の柏戦。もしもこれに勝てないと、今年の対柏戦の戦績が、早くも負け越し決定してしまう。本当に昇格争いに参戦していくならば、そして昇格を勝ち取るのなら、それは絶対に落とせない試合。
この季節の札幌らしからぬ、湿度の高い曇天の水曜日。開場して友人の横断幕の張るのを手伝いに行く。アウェイ側には、J2の平日ナイターにはおよそ似つかわしくない人数の柏サポーターが、持ち込んだ横断幕を張ってそのスタンドを黄色く染めていた。
「結構いっぱい来てるね柏サポ」
「50人ぐらい来るみたいだよ」
「お前ら仕事はどうした〜」
「『お前らに言われたくない』だよ」
そう。私も仕事を3時で早退して今日来ていた。代休が余っていたからね。いや嘘。この日の為に余していたからね。
相対する札幌のサポーターも、勿論ホームであるから、それに恥じない雰囲気を作るのだとばかりにたくさんの横断幕が掲げられている。チームを鼓舞するもの、選手個人を応援するもの。集まるサポーター達の表情には程よい緊張感が見てとれる。
その柏サポーターの陣取ったアウェイ側ゴール裏からバックスタンドにかけての広い範囲を、雲間から切れて顔を出した夕日が照らし出す。スタンドが輝くようなオレンジ色に染まっていく。その荘厳。後で札幌・柏双方のサポーターのブログをいくつか見たら、そのときの夕景の写真が幾つも掲載されているのを見た。それほどに、美しい夕日に包まれて始まった試合は、その天然の照明に恥じない内容のものだった。
中3日という厳しい日程ながら、双方よく走り、攻守が頻繁に入れ替わる。その中で、札幌は前半、自分達のバランスをほぼ崩すことなく、常に「一枚の絵」として角度を作りながら選手が連動して流れ動いていく。その滑らかさの果てに生まれる先制点。前半早い時間帯での先制は、しかし、最初に敗れた函館での試合と同じ展開だった。攻撃の滑らかさと全く不釣合いな、守備面での不安定は柏の同点弾を簡単に与えてしまう。その後フッキが得たPKで札幌がリードして前半を終えるものの、楽に話が済む予感は全くなかった。なにしろそこまでは、くれぐれも最初の対戦とほぼ同じ流れだったのだから。
後半に入って更にその「再放送感」が増す出来事が起きる。フッキがこの試合2枚目の警告を受けて退場。これも最初の対戦と全く同じ流れ。そこからは柏の怒涛とも言うべき反撃が始まった。既の所で札幌がかわし続ける20分。応援の声が一段と高まる。仕事が終わってからスタジアムに駆けつけた人達は、前半の途中からの応援で、仕事の作業着のままだったりスーツのままだったり。私の後ろの通路に陣取った学生服姿の高校生達は、早々に夏服のワイシャツを脱ぎ捨てて上半身裸で応援していた。3分のロスタイムに入って、敵陣CK付近で、今月、全治9ヶ月の靭帯損傷から復帰したばかりの上里が時間稼ぎのボールキープする様を見て、今日の勝利を確信した。
明るさが足りているとはいえない照明車の灯りが、勝どきをあげ柵に上がるサポーター達の後ろ姿を影絵のように映し出す。突き上げられた拳が躍る。
半裸の高校生君達は爽やかに帰っていった。どこのサッカー部かと仲間が聞いたら「野球部です」。歌もコールもある程度心得ていた、というので何度かもう来ているのかもしれない。次もまた、来てくれるだろうか、一緒に此処に、戦いに来に。
心に熱さの残る試合。そういう試合に出会える幸せ。そういう局面に今身を委ねられる資格があること。
この日の試合のような厳しい試合は、今日で終わりということではなく、むしろこれから連綿と続いていく。でもそれがまた楽しいのだ、と皆でマゾ的覚悟を決めた途端に、その4日後のアウェイ鳥栖で0−4と惨敗してくるのだから、まあ本当にお望み通りというか予想通りというか。地元のテレビ局主催の大画面中継イベントは結局ほとんどの時間で沸くことがなく、詰め掛けたサポーターは、一様に落胆して足早に会場を後にした。4日前の厚別で、歓喜の拳を突き上げた少年達は、目の前の結果の悔しさを真っ向から受け止めるように、じっと椅子に座ったままだった。鮮やかな熱のあとの、情けないほどの落胆。
J2の後半戦スタート、それは試合で言えば90分の後半が始まったばかりのようなもの。札幌は望む結果にまだ1点ビハインドぐらいの位置にいる。残り45分の中で、どうやって追いつき、どうやって勝ち越すか。追いつくこともあれば引き離されることもあるだろうし、勝ち越したと思ったらまた追いつかれることもあるだろう。そのすべてに一喜一憂しながら、ただひとつ、2006年のシーズンの試合終了の笛が鳴ったときに、「勝って」いるために。選手もサポーターも一様に、歓びと苦しみの真ん中に立ち、己の魂を軋ませるような。そういう、本当の戦いが、愈々始まる。
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