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 札幌からのメール 07/05/11 (金) <前へ次へindexへ>

 そしてここに厚別の空がある。
 

 文/笹田啓子
 ようやく札幌の日差しも春らしくなってきて。5月の連休を迎えたと同時に桜も開花宣言。そんな桜の花ひらく直前の連休前半の30日に、練習を見に宮の沢へまた行って来た。

 連勝中ということもあってチームは明るいムード。練習を見ている自分達の背後に机をゴロゴロ運ぶ音。「なんだなんだ」「焼肉やるんじゃないのか」。クラブハウスの屋上に運んだ机や椅子をセットしている。おお、久しぶりに焼肉パーティやるんだ、いいなあ。私達も焼肉食べたいよねジンギスカン食べたいよね。てかあの焼肉の会のサポーター参加権など用意してオークションにかけてはくれないか。いい値がつくぞ。などと、練習後の選手達のバーベキューパーティを真剣に羨みながら練習を見守る。

 その日の練習では客席に近い側でサッカーバレーをやったりしたので、選手の話している言葉も表情もよくわかる。カメラを向けたら、いい笑顔がいっぱい撮れた。選手の一挙手一投足に、ギャラリーから大きな歓声があがる。連勝中で連休中ということもあってか、練習場の客席はかなり埋まっている。みんなとても楽しそうに選手を見ている。穏やかで暖かで幸せな春の日…

 の、3日後にユルい試合やって草津に負けて、3月の開幕戦以来の黒星をいただくのだから、これはもう実にかっこ悪い話だとしか言い様がなく。皆で楽しく充実した感じで!と思っていたのが、1試合負けると皆でユルユルで締まらない感じで!になってしまうのだから。試合後の監督の「もう昇格できるような雰囲気があるのであれば、リーグはそんなに甘いものではない」というコメントに、自分達が叱られた気持ちになる…。

 楽しくないよりは楽しいほうがいいに決まっている。でも、締めるところは締めないとならない。過度に浮かれてはならない。たとえこの時期の北海道が、無彩色の季節から有彩色の季節へ移る、長い冬を過ぎて訪れた春の日差しの心地よさに溢れていたとしても、それに乗じて緩んではならない!…と言ってそれは実のところかなり困難なことなのであるが。



 そう思うと、厚別の強い風は、そんな緩みがちな季節の空気を実に程よく引き締めるものだ。

 5月は、厚別開幕。札幌にとってそれはいつも大事な開幕。厚別は芝の養生で4月いっぱいまでサッカーでは使えないから、それまでのあいだのホームゲームは札幌ドームを使うか、または雪の少ない室蘭・函館に行って試合をする。開幕から2ヶ月も過ぎた、5月になって漸く使えるようなホームスタジアムを持っている、そんなクラブは世界に幾つあるのだろう。厚別で試合が出来るのは、1年のあいだで5月から10月までの、僅か半年の間だけ。空の下でサッカーが出来る半年を、私達はだからこよなく愛している。

 開場を待つ間は競技場の外の三分咲きの桜の下で、宴会やったり旗をつくったりサブグラウンドでサッカーやったり。遠くの山はまだたっぷりと雪を被っている。その上の澄んだ高い青い空。強い風にいつも煽られて翻る赤と黒の旗。

 そんな厚別開幕戦は、その時点で3位を争う仙台との対戦で、前半9分に曽田のゴールで先制して、その1点を守りきって勝った。前回の対戦でも同じように曽田のゴールで先制したのだけれど、後半仙台の猛攻を受けて守りきれず追いつかれドローに終わった。その同じ轍を二度と踏まない、そんな堅実な戦いぶりだった。

 リスクを出来るだけ排除して、徹底して「負けないこと」にこだわるサッカー。それは去年までの札幌のスタイルとは趣を大きく異にする。それは「昇格のための単なる路線変更」という意味ではなく、「本当の強さを身につけるためのひとつのステップ」であるのだけど、それでもここまで求めていたサッカーとの違い、けれど去年までにはなかった「結果」が現実として手元にいまあること。そのギャップを埋められないでいるサポーターも未だいる。勝っているのに満たされぬ想いが見え隠れ。

 ただ、三浦監督の戦い方の、徹底したこだわりぶりを見るにつけ、「自分の信じる道を迷わず貫く」、それは前任の柳下さんの頃から変わらず、志向するサッカーの違いはあれども、「ぶれない姿」を見せてくれる人物を続けて監督に迎え入れていられることは札幌にとって幸福なことだと感じている。それぞれの信念のもと、それぞれに私達に見せたい夢を描いている。それは前のものとはちがうけれど、「夢を描く」こと、しかも誠心誠意そうしてくれていることは一致して続いている。それを幸福と呼ばずしてなんと呼ぶ。だから私もサポーターとして、三浦監督の描き出す夢に、サポートという形で応えたい、と思っている。そしてこの季節が終わるころ、名実とものシアワセをこの手にしていたい。



 練習場に集まる人達。スタジアムに集まる人達。決まったゴールに感嘆する。勝って喜ぶ。その笑顔。選手に注がれる拍手。無心の拍手。

 だけどもそこに集まる人達が100%幸せなのかって言えば、本当はきっとそうじゃない。みんなそれぞれの、たとえば選手の、たとえばサポーターの、たとえば個人の、たとえば家族の、たとえば学校の、職場の、家庭の中で、大小の差はあれどそれなりの傷みを抱えている。ただそれをわざわざ晒して集まってくるわけじゃないから、目に見えないだけで。

 心の中に切なさや苦しさややりきれなさを抱えていても、自分の応援するチームのゴールが決まったとき、勝ったとき、その一瞬だけはほんとうに無心で、みんなひとつになって笑い合える。それもまたチームが、Footballが見せてくれるしあわせな夢、なのだ。ひとときの夢にいつまでも酔っていてはいけないのだけど、ただそこにある夢のこと、それをずっと大事にすることは忘れてはならない。

 そしてここに厚別の空もある。
 大好きなサッカーの試合でも、浮かない気持ちで迎えるときもある。試合を見てたって、やってらんねえ、もうどうでもいい、そんなふうに思うことだってある。だけどそういうときこそ厚別の空は高く笑うように、

 「まあ細かいこと考えないで今ここで楽しんでいきなよ」

 とでも言うかのように、すうっと抜けるようなどこまでも透明な青を私達の頭の上に広げる。笑っちゃうほどの青空は、だからいつも自分達の味方をしてるような気がするのだ。
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