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 札幌からのメール 07/07/27 (金) <前へ次へindexへ>

 純粋
 

 文/笹田啓子
 相手にヴェルディを迎えた、厚別での記念すべきJ100試合目の7月21日。
 スタンドの下に選手が姿を見せる。フェアプレイフラッグ。ゴール裏ではそれまでの99試合とおなじように、サポーター達が跳びはね腕をかざし歌をうたう。歌がはじまるとバックスタンドに陣取るお客さん達も一斉に立ち上がって、おなじように歌を歌ったりマフラーを振りかざす。その動きに触発されるように、ゆっくりとメインスタンドのお客さんたちの影が波打つように起立していく。スタンドに詰め掛けた札幌サポーターのほとんどが、その居場所に関わらず選手達を立ち上がって迎えていた、10日前の福岡戦のときとおなじように。



 7月11日は今年最初の平日厚別ナイター、仕事を終えてからスタジアムへ向かう。会社から駅まで徒歩で約15分ほどの道程を走っていって、ふだんよりも1本早いJRに乗る。これだったらキックオフには余裕で間に合う、と一安心。なぜならその日は、どうしてもキックオフに間に合わせなければならない「理由」があったから。

 厚別駅で降りて、タクシーを拾って「厚別(公園陸上)競技場まで」と行き先を告げる。
 試合に行くためにタクシーを使うことは年に何度かあるのだけれど、「厚別まで」と言うと、たいていの運転手さんは「今日はコンサドーレですね!」と声をかけてくれる。午後2時からの試合の日に、並びに行くから朝早くからタクシーを拾ったときなどは「厚別まで」というと「コンサドーレ」をすっ飛ばして「…今から行くんですか!?」と、驚いてくれた運転手さんもいた。

 その日の運転手さんもやはり「今日試合ですね!」と軽く話しかけてくる。チームの話を振って来る運転手さんたちは、自ら応援している、サポーターだ、とまで言った人に出会ったことこそないけれど、チームのことをよく知っている人達が、多い。この日もそういう運転手さんだった。

「せっかくいい選手出てきても、お金持ちのチームに取られちゃうもんね。コンサドーレで活躍した選手で、よそで活躍してる選手いっぱいいるもね。アレ、播戸とかさ、今野とか、山瀬とかエメルソンとか」。
 彼等が活躍していたのは2000年から2002年にかけてのことなので、最近のことのように話されているが実のところ5年以上前の話である。でも、札幌の人達にとっては未だ彼等は忘れがたい選手達であって。

「今はJ1のレベルってどうなんですか?」と、運転手さん。
「優勝を争うチームと、それ以外のチームの差が開いてる感じですかねえ」
「そうなの。私は今なんて昔よりも全体の差は縮まってる感じがするねえ。だってさあ、ヴェルディなんて昔すごい強かったじゃない。それが今はJ2でしょ。」
「サッカーも野球みたいにセリーグパリーグみたいにわけちゃったらどうかね。強い弱いの順位じゃなくって、単純にふたつにわけて、そしてプレーオフやって日本シリーズみたいにやるの。盛り上がると思わない?」
「今度昇格したらさ、しばらくは下位でもいいと思うんだ。ギリギリJ1に残留できる順位で。そこで何年か過ごしてね。やっぱりJ1にまず定着することが大事だよね。」

 運転手さんは次々と色々なお話を繰り広げる。特にサッカーに思い入れをしているわけでもなさそうな、単にふつうに地元のチームを普通に眺めているだけな感じなのに、ところどころとても的確なことを語っている。

 お客さんがたくさん入れば自分達の仕事も増えるから、という前提つき、でも、
「J1上がって、また昔みたいに満員になってくれるといいなあ。やあ、満員になってほしいなあ。」
 と、とても熱心に語ってくれた、それがなんだかとても嬉しくて。

 このチームを支えているのは、実際スタジアムに足を運ぶようなお客さんはもとより、こういった、熱心に応援したりしているわけじゃないけど、自分達の街にあるスポーツのチームを、偏愛するでもなく、しかし無視することなくただしっかり見つめている、そういう市民の眼差しでもある。そのまなざしは、そのひとたちが思うよりもずっと、あたたかで純粋。



 競技場へ着いてゲートをくぐると、ゴール裏で普段近くで応援している見知った顔に笑顔でチラシを配られる。配られたチラシはこんなことが書いてあった。

「今日の厚別福岡戦、後半戦の開幕を最高の雰囲気の中で選手に戦わせたい。選手入場前から、スタジアム全体で『厚別の歌』をうたい、選手の後押しをしよう」

 選手が入場するときに、ゴール裏だけではなく、メインもバックも席種に関係なく立ち上がって「厚別の歌」を歌って迎えよう、という企画だった。
 福岡戦を含めて、そのとき札幌はホーム3連戦を戦っていた。ホームアドバンテージを生かして絶対に勝つというつもりでやっていたのに最初の草津戦、その次の山形戦と連続で引き分け。福岡と対戦してもしもここで負けか分けなら、勝ち点9のうち2か3しか得られない。2位3位に対してあったアドバンテージも、少しづつ目減りしていく。ホームというプライドをかけて、絶対に負けられない試合、それが福岡戦だった。

 引き分けに終わってしまった7月7日の山形戦から、次の福岡戦まで中3日。
 そのあいだに、ネットを通して福岡戦での企画が流れ、瞬く間にサポーターの間に周知徹底されていった。クラブ、スタジアム側も協力して、当日は電光掲示板に歌詞を流してもらえることになっていた。あとは当日、実際どれぐらいの人達が賛同して動いてくれるか。果たしてキックオフの頃合。

 ゆけゆーけ 赤と黒ーのー 俺達の札幌ー
 そうここは我等の厚別 見せろお前の情熱ー

 ゴール裏が歌の先導を切る。
 そしていつもゴール裏の真ん中で応援している人達が、その日はメインやバックに散らばって陣頭指揮。メインで見ていた友人は「イヤイヤやってそうな人なんていなかったよ。みんな嬉しそうに立ってた」。

 その時間帯ではまだ5千人程度の入りのスタジアム、福岡のサポーターを除いて、みごとに立ち上がる。どれぐらい歌っていたのかはわからない、けど自分の眼に飛び込んでくるスタンドのサポーター達は、みな手拍子だったりマフラーを高くかざしたり、密度こそ高くないけど濃度は抜群な高さ。醸成された空気のあまりの心地よさに、そのあと繰り広げられた試合の、昇格争いをしているチーム同士にしかない濃密なぶつかりあい、ベンチからすら伝わってくるテンションの高さ、も加わって、「今日はコレ勝てなくても気持ちいいわー」などと思ってしまうほどで。もちろんそれは、勝った今だからこそ言えるのだが。自分達の目の前で決まったPKが、その試合を決した。

 それから5日後、16日の宮の沢でサテライト柏戦。
 試合のほうは0−4でいいところなく敗れ、去年は一緒のディヴィジョンで戦っていた柏の、今年の充実ぶりを見せつけられて自分達は力なくとぼとぼと帰る…ところが、試合が終わってクールダウンしているチームに向かってサポーター達が声を大きくはりあげる。「みうらかんとくー」「かんとくー」。なぜ監督の名前を連呼?何のネタだ?と半ば謎に思っていたところ、その連呼の声はつぎに「ハッピーバースデー」の歌に変わった。…あぁ!今日は監督の誕生日!

 まだ会場内に多数いたお客さんたちはそのことを瞬時に理解し、サポーターから花束を贈られた監督に場内から大きな拍手。満面笑顔でとても嬉しそうに挨拶する監督、に、水をかけるのは若手選手。さっきまでの試合のどんよりとした空気は見事に一掃される。ここにもまた、心地よい空気。まじりけのない、純度の高い、ゆがんだところのない。



 人の言うことを素直に聞く。聞いて一応注文はつける。でも、それがいいことだと思ったら、何のためらいもなく、やれる。それが「純粋である」ということが、ここの人達はあまり気付いていない。

 純粋である、ということは美しい言葉であるけれど、しかしそれは両刃の剣であって、必ずしも誉められる側面ばかり持っているわけではない。純粋すぎるがゆえの愚かさ、幼稚さ、簡単に騙されてしまうほど過度の人の良さ、人を傷つけてしまうほどの無邪気さ、は、必ずそこに併せ棲む。「純粋」が常にいいものばかりここに運んでくるわけではない、とわかっていても、それでも私はこの町にある「純粋」には、かけがえのない魅力があるような気がしてならないのだ。

 純粋、それは一途に追うこと。駆け引きなく打算なく、ただ、見つめること。私欲でなく、ただ、好きで好きで好きで。
「そういうふうにチームを好きなのが当たり前なんじゃないの?」と、このチームのサポーターの多くはきっと言うだろう。「特に応援しているわけじゃないけど」と、チームのことをよく知っている運転手さんも言うだろう。それがチームにとっていかに大きな財産であるかということに露ほども気付かずに。
 この気付かなさが、実にまた、純粋。これをどうやって「武器」に変えていこうか、近頃そんなことばかり考えている。
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