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 サポーター通信 07/05/18 (金) <前へ次へindexへ>

 セレッソ大阪 サポーター通信 〜いまこそ、サポーターは成長するチャンスだ


 レポート/ぼへみあん
 都並監督の解任、クルピ監督の就任とあわただしい中、ホームで札幌戦が行われた。しかし、翌日のスポーツ紙を賑わしたのは、試合ではなく、サポーターの行動であった。試合前には説明会があり、試合中には一部のサポーターの応援拒否があり、試合後には社長に対する抗議行動があった。しかし、これら一連の行動については、サポーター間にも温度差があり、決して一枚岩ではないのが現状である。

 事実経過を見ると、試合前日、HPにて試合前に監督交代についての説明会を行う旨が掲載された(自前で作成するHPと異なり、業者委託の携帯メールは、説明会直前になった)。札幌戦を迎えるに当たって、サポーターの事前説明の要望を出原社長自身飲んだものであった。しかし、社長はJリーグの経営諮問委員会のため、出席できず、担当職員の説明にとどまったのが混乱の始まりであった。説明会の途中で、200人強集まったサポーター中、半分は応援準備のため離籍したものの、残りのサポーター、それもリーダ的役割を果たしてきたサポーターが社長の説明を求めて残った。本来社長は、ここで出席していれば、試合後の混乱は起らないはずであった。また、応援拒否も起らなかっただろう。

 試合終了後、社長がピッチに降りて説明したが、それはサポーターが望んだものとは大きくかけ離れた、実のないものであった。そのため、約300人のサポーターが出原社長のスタジアム退出をさまたげ、サイドスタジアム内での社長の説明となったわけである。社長が自分の信念に基づき、堂々とした態度をとっていれば少なくとも翌日のスポーツ紙に書かれた屈辱的なものとはならなかっただろう。強硬ともいえるサポーターの試合前での社長出席を望んだ態度は、愛すべきセレッソをマスコミの好餌としたくなかったからだし、応援拒否もそのためであった。しかし、社長にその想いは通じなかったようだ。

 さて、掲示板やブログでの反応を見ると、社長に対する批判は逆に一部サポーターに対する応援拒否への批判も見られる。このサポーター間の温度差は、1.それぞれのサポーターという概念の違い、2.サポーター間の情報格差、3.将来の展望の違い、があげられよう。

 それぞれのサポーターがどこを見ているのか。目の前の1勝か、それとも目の前の1勝を失っても、将来の10勝を見るのか。そもそもセレッソはそれぞれのサポーターにとってどういう存在なのか。選手とクラブは別物なのか。むしろ選手を本当に応援すると言うのは、目の前の応援ではなく、クラブに対する抗議そのものなのか。現在のセレッソの2大目標は、J1復帰と若手育成であり、共に達成できればいいが、どちらを優先するのかと。社長が辞任すれば、その先のセレッソの経営体制はどうなるのか。サポーターがフロントを選べないのだから、必然的な答えを考えれば、それでいいのか。

 19日のサポーターミーティングを迎えるに当たって、サポーター自身が考えなければならないことが多くある。セレッソのサポーターには不足しているものが多すぎる。これはサポーター自身のせいではなく、それを補う土壌が関西にはないからだろう。しかし、セレッソが下部リーグに行ったとしても、自分はセレッソをサポートするつもりだし、万が一横浜フリューゲルスのようにチーム消滅の危機になれば、セレッソは自分たちの力で存続させる自負はある。10年前と異なり、私と同じ考えのサポーターも増えている。

 サポーターは客でもなく、ファンでもない。サポーターはサポーターなのである。試合を応援するだけがサポートではなく、それを犠牲にしなければならない苦汁の選択を選ばなければならないときもある。いまこそ、サポータは考え、成長するチャンスである。
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