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| webnews 06/08/16 (水) | <前へ|次へ|indexへ> |
名波浩のセレッソ大阪移籍に寄せて
文/貞永 晃二
2002年J1昇格に貢献した尹晶煥(現鳥栖)を失って以来セレッソ大阪にはパサータイプのMFがいなかった。一時は濱田武(現鳥栖)が期待を集めた時期もあったが、調子の波の大きさや、ここ一番のチャンスを活かせずポジションを奪うことはできなかった。パサー不在を埋める存在として久藤清一(現福岡)がいた。ボランチまたは右サイドに入って、FK、CKのキッカーをつとめ、森島寛晃との絶妙のコンビネーションでサイドを崩し前線にラストパスと高精度のクロスを入れたものだ。
今季セレッソ大阪が最下位にいることを不思議がる人は、前線のメンバーを見て何故得点が取れないのかと疑問を持つはずだ。西澤明訓、森島寛晃、古橋達弥、そして復帰した大久保嘉人。しかし、試合を見れば「勝てないのも仕方ないな」と納得するだろう。それほどパスが前線に入らないからだ。昨年は前出の久藤に加え、Jリーグ史上でも屈指の能力の持ち主と思われるボランチのファビーニョがいた。ないものねだりをしても詮無いことだが、ファビーニョを失うことが早くから分かっていたにもかかわらず、久藤の存在意義をあまりにも軽視し移籍を容認してしまったフロントの罪は重い。
確かに久藤が残留して昨季のようなベストパフォーマンスを見せられたかどうかは分からない。移籍してきた山田、河村や新外国人ピンゴ、酒本、苔口の成長で埋めることができると考えてしまったのも分からないことではない。しかし、ことごとく彼らは期待を裏切ってしまう。そして絶望的な低迷。そんなセレッソ大阪に、ベテランと呼ばれる年齢になった私の愛してやまない選手、名波浩が移籍してくることになった。
初めて名波を見たのはTV画面を通じてだった。清水商業の背番号7は左タッチライン際から右ウイング山田隆裕の前のスペースにピタリと矢のようなロングパスを送った。それも1試合で何本もだ。その美しいフォームにそしてキックの精度に、この選手は日本のサッカーを変えるんじゃないかと震えるような予感を感じたものだ。その後順天堂大学に進んだ名波。初めてのナマ観戦は神戸中央球技場(現神戸ウイングスタジアム)での総理大臣杯でのプレーだったが、やはり高校時代輝いた他の選手たちと同様にフィジカル面での成長しか感じられなかった。
そしてバルセロナ五輪を目指す代表では澤登、相馬らとクアラルンプールでの予選を戦い、バテバテで動けなくなった名波を見て悲しい思いにもなった。そして清水商業での最高のパートナーであった一年先輩の藤田俊哉を追ってジュビロへ進む。
オフト監督のもと左サイドバックに起用されているのを見て、オフトにとっては単なる左利き選手でしかないのかと短絡的に考えてしまい絶望的にもなった。しかしオフトの意図するところは守備面の強化を目的とするものであって、MFに転じたときに一気にリーグを代表する選手になり、日本代表にも選出されたときにはオフトの慧眼に感謝したいと思ったものだ。
そしてあの苦しかったフランスワールドカップ予選。中田英寿という稀有の選手が加わったことで、一列下がった位置で中盤を仕切り、私たちの積年の夢を現実に変えてくれた名波。サッカー選手にとっていかに厳しい戦いが成長の要因になるかを思い知った予選だった。
中田英寿、山口素弘と3人で組んだ中盤で世界に挑んだ1998年のフランスワールドカップでは苦い思いもさせられたが、イタリア・ベネチアでの厳しい経験を経て、トルシエ指揮下で圧勝した2000年レバノンアジアカップでは、中村俊輔をうまく活かす渋いプレーの数々を見せてくれた。けがもあって、2002年のあのときに森島寛晃、西澤明訓と見せてくれたプレーが必ずしもセレッソ大阪で再現できるとは思わない。しかし一層「枯れた」プレーを大阪のサッカー好きに見せてくれるはずだ。彼のプレーが楽しみなのは間違いないことだ。しかしセレッソ大阪は正直言ってそんな悠長なことを言っていられる状況にはない。
「日本の宝」といってよい同い年の2人、森島寛晃と名波浩を擁してJ2落ちするなどということはイコール彼らの引退を早めてしまうことになる。名波が来てもポジションは譲らないという既存の選手の奮起と気概に期待したい。それがなくては後半戦の巻き返しなど絵空事なのだ。昨季終盤に優勝争いに加わった自信からか、「きっかけ(勝利)さえあれば、われわれはできるはずだ」という思いを口にする選手が多い。しかしそんなことはもうどうでもいいことだ。過去など関係ない、今しかないのがプロフェッショナルの世界だ。ドイツでの日本代表に感じた不完全燃焼感は、どこか現在のセレッソ大阪に対しても共通する。勝てない現実を直視し、死にもの狂いでやる。それしかない。
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